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2009 05,21 00:01 |
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よくテレビの放送内容が偏っていると聞く。
そりゃあそうだろう。 これはあくまで僕個人の考えなのだけれど。 例えば、報道。 ニュースだからって、全てを信頼する事は出来ない。 テレビには視聴率というものがあって、これを獲得していくためには多少の演出やカメラワーク、人気アナウンサーの起用、などが行われるから。 ニュースに危機感を煽る音楽が挿入される。 たったこれだけでも人の感情を操作出来るもんだ。 大体からして映像なんてもんは、大部分を音楽(音声)で見ているわけだから。 だからそう。 そこにはどうしても制作者の好みや思想が現れてしまう。 これを完全に消すなんてことは多分不可能だろうし、また、そんなニュース番組はおそらく面白くないのだろう。 刺激。 いつしか僕たち現代人は、こんなニュース番組にまで刺激を求めてしまっているのかもしれない。 では、動画共有サイトなどで日々アップされるニュースはどうか? そこには、生々しいコメントが書き込まれていたりして、そんな情報知らなかった、本当なの?と思うエントリーが沢山ある。 面白い。 刺激的。 でもここにも落とし穴があると思う。 Web動画は自分でクリックするからだ。 必ずしも与えられる情報じゃない。 求めていると思う。 それは真実を求めるようでいて、実体は自分で自分を洗脳していくという。。 じゃあ、どういった情報の形が正しいのか? 情報はどうあるべきなのか? きっと、どうでもない。 きっと現在形のまま。 所詮、生きていて、考えを持ちながら生きていくという事は、ある意味の哲学とともに生き、それを生みながら手前を洗脳していく。 真に正しい(publicとして)考えなんてどこにもない。 それは個人の中にしかない。 そして常に変化させなくちゃいけない。 何を選ぶか。 選択の自由は苦痛だ。 だから所詮テレビだろうが活字だろうがWebだろうが、情報というものは全て同じ。 だから考えていきたい。 今、現在一番注目されている国内情報だって、見方を返せばある意味魔女(男女問わず)狩りのようにも見える。 PR |
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